ご案内
シンポジウムに参加した経済学者たちの論文集、『ワシントン・コンセンサス再考-新たな世界統治に向けて』で、Sさんは次のような野心的な提案を行なっている。
世界銀行とIMF(国際通貨基金)の世界統治における変革、WTO(世界貿易機関)の世界統治における変革、サミットをG8から別にする、側経済および社会の協議を強化する、世界公共財のファイナンスを行なう、世界の自然資源と環境の管理、例世界的な知識の生産と保護、世界的な法律の整備。
どれも世界経済の重要な課題であることは分かるが、果たして実現するのだろうか。
もちろん、Sさんといえども、こうした世界経済に秩序を求める「変革」がすぐに可能になるとは思っていないだろう。
しかし、国際的な制度が実効的なものになっていかない。
この点で興味深いのが、二○○八年にノーベル経済学賞を受賞したCさんだろう。
Cさんは先の論文集にも小論「不平等と再分配」を寄せたが、「今日、成長の最前線においての失望とともに、多くの国で不平等が広がっている証拠を前にすれば、Sさんはタフな楽観論者であり、自分の目指す真のグローバリゼーションが実現するという希望を捨てないだろう。
いまのアメリカ的な「良心」であるようなこの経済学者は、いまも「特定のイデオロギー」の退潮のなかでチャレンジを繰り返している。
しかし、その希望が実現するどころか、いまやグローバル経済自体が危うくなっているのだ。
すると、彼が理想としている本当のグローバリゼーションは機能しないことになる。
ゲームの国際的ルールはしばしば不公正であり、国際機関は特定のイデオロギーを押し立ててきた。
この特定のイデオロギーが、特に開発途上国にとって不適切な経済政策を生み出してきたのだ。
平等は明らかにより重要なテーマとなっている」と書いて注目された。
Cさんは、若い経済学者に絶大な人気がある一方で、実は、世界経済についての見解を二転三転させてきたことでも知られてきた。
八○年代には政府の介入を評価する「戦略的通商理論」を唱えていたが、九○年代になると「リカードに帰れ」と主張して、比較優位論に基づく自由貿易論の急先鋒となったものだった。
ところが、二○○七年の「貿易と不平等についての見直し」では「貿易が先進諸国の富の分配にあまり影響を与えないという説は安心できるものではない」と書き、ついに二○○八年二月の「貿易と賃金についての再考」になると、アメリカの熟練労働者と非熟練労働者の所得格差は、七九年以来、グローバル経済の進展のなかで一五%も拡大したと主張して、彼の崇拝者を悟然とさせた。
もう、こうなると「ポテトチップでもシリコンチップでも、比較優位にある産業を盛んにすれば繁栄できる」と述べていた、彼の比較優位説に基づくグローバリズム論は、ほとんど嘘だったということになる。
あきらかにCさんは再び大きく舵を切ったのだ。
二○○六年の中間選挙以来、米民主党のなかに、旧来のリベラル勢力が睦る兆候が見られたが、Cさんも近著『格差はつくられた』で、今の格差拡大をもたらしたR政権以来の共和党を激しく批判。
アメリカはR時代のニューディール政策を復活させるべきだと主張している。
この本の原題は「リベラルの良心」であり、Cさんが最も強く主張しているのは、先進国ではアメリカだけにない国民医療皆保険を創設させることだが、ことに次のような一節が興味深い。
果てしないアメリカの変革が生み出す過去への回帰ここには「自由主義一色のアメリカ」におけるメビウスの輪のような逆説を読み取ることができるかもしれない。
そしてまた、こうした議論の立て方自体に、今のアメリカの保守リベラル派になるとは、ある意味で保守派になることである。
それは大きくいって、中産階級社会への回帰を求めることを意味する。
しかし、進歩派であるということは、明らかに前進を求めることを意味する。
これは矛盾しているように聞こえるかもしれないが、そうではない。
リベラル派の従来の目標を前進させるためには、新しい政策が必要なのだ。
「リベラル」における、錯綜した関係が炙り出されているようにも思える。
しかし、いま注意すべきは、政治思想家が『革命について』で指摘したように、アメリカ革命(独立戦争)においては、リボルーションが「過去に向かって回転する復古」として観念されていたという歴史的事実である。
革命の最初の段階で主役を演じたのは、絶対君主制の専制や植民地政府の権力濫用によって侵害され犯されていた古い秩序を回復する以上のことはしまいとかたく確信していた人びとであった……。
彼らは自分たちが望んでいることは物事が本来あるべき姿にあった古い時代に回転して戻ることであると大真面目で弁明していたのである。
ここから大きな混乱が生れてくる。
実は、Fさんはアメリカ革命を評価してこう述べていた。
しかし、Fさんの歴史的洞察は正しくとも、評価はどうだろうか。
これまでもしばしばアメリカは、進歩と回帰を「混乱」させてきた。
そして、いまも自分たちは進歩だと信じて過去の愚かな試行に後戻りし、回帰していると信じて未来への危険な投企を繰り返しているのではないだろうか。
チェンジ・チャレンジ・クラッシュの永劫回帰一九三○年代の大恐慌期には、それぞれの国家が強力な権限を奪取することで、かりそめの安定を市場にもたらそうとした。
人間がバラバラに分子のような運動を続けることによって、そこに秩序が生まれてくるという市場主義的な均衡論はまったく信頼できなくなり、国家の権力によって強制的に秩序を作り出し、市場がかろうじて機能するように「保険」ではなく「保障」を行なったわけである。
これはヨ−ロッパに生まれたH氏のファシズム経済体制であろうと、アメリカに登場したR氏のニューディール経済体制であろうと、崩壊した経済のための秩序を回復するための方策だったという点では共通している。
さて、今回の金融危機の火元だったアメリカは、いまどうしようとしているのか。
すでにO大統領のアメリカは開始され、何人もの民主党系経済学者がニューディールに戻れと主張している通り、OさんはRさんを演じようとしている。
いま現在、Mさん・Rさんの手がけた社会契約は崩壊しかけている。
外国との競争の増大と、四半期ごとに収益性を高めるよう求めてくる株式市場の圧力を受けて、経営者はオートマ化や人員削減や海外移転を進め、それらが重なって労働者はますます失業に弱くなり、昇給や手当ての拡大を求める手段が減っていく。
もし、Oさんが経済のための秩序を復活させていくなら、民主党は長期にわたってその成果を享受することになるだろう。
四十年前、リベラリズムはコントロールが効かなくなった国家の「問題」のように思われた。
いまやリベラリズムの新バージョンは、問題の「解決策」なのかもしれないのである。
米週刊誌『タイム』の表紙は、オープンカーに乗っているRさんの写真を使用し、顔だけOさんにしたものが印刷されている。
タイトルはもちろん「ザ・ニュー・ニューディール」である。
うまくいくかどうかは分からないが、アメリカはR時代への回帰という演出によって、秩序を取り戻そうとしているのだ。
同誌は、この特集を次のように締めくくっている。
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